向日葵の彩度

暴力のブログ

引っ越した。

 入社してそろそろ半年が経とうとしている。いよいよ業務もふんわりと忙しくなってきた。そういうこともあって、愛する鎌倉を離れることにした。新居に越してきて、今日でおおよそ一週間ほどになる。

 一週間というのは、生活の節目としては中途半端なタイミングだろう。新生活に対するフレッシュな感情はちょっと落ち着いているし、新生活そのものについて語るにはまだ足元が覚束ないにもほどがある。現に、自分が新居にやってきた時刻はもう忘れてしまったのに、自炊した回数は二回しかないし、机も椅子も満足に用意していない。

 とはいえ、こういうものはタイミングを見計らうといつまでも先延ばしできてしまうものだから、とりあえず引っ越した旨を今日書き留めておこうと思う。

 

 引っ越した、とは言っても、一人暮らしを始めたわけではない。大学時代から宅飲みでお世話になったり、終電を逃した際に逃げ込ませていただいたりと、散々ご迷惑をおかけした先輩のお宅に、転がり込ませていただいている。いわゆるシェアハウスというやつだ。もっとも、いわゆるシェアハウスではあるのだけれど、いわゆればシェアハウスというだけで、世間一般が「シェアハウス」という言葉を見聞きした際に期待する諸々のキラキラとした何かとは、きっと大きな開きがある。住んでる部屋畳だし。どちらかといえば下宿にニュアンスが近いのかもしれない。

 

f:id:okumuratorucc:20170924224453j:plain

  これは高校・浪人時代通っていた地元のラーメン。私が引っ越すとTwitterで聞きつけた高校時代のマブダチ*1に誘われ、最後のお礼参りをした。「豚骨で、しょっぱくて、油が多いから」という理由で無条件に降ってきた恍惚を、今やもう覚えることはできず、マブダチとは「お互い歳をとったよな」という結論に落ち着いた。別れの感慨のようなものはなく、味としても思い出としても実にしょっぱいものになったけれども、私たちらしくてとても良かったと思う。

 

 インターネットで散々ぱら鎌倉への愛を語り、プリキュアの背景にそれらしいカットが一瞬でも写れば即座に「今年のプリキュアの聖地は鎌倉だ」と宣言する程度には、郷土愛の強い人間だ。そういうわけで、鎌倉を発つにあたって大きな心の動きがあるのかなと勘ぐっていた。

 ほんのり目に涙を滲ませながら、haruka nakamura PIANO ENSEMBLEの『光』(アルバム『音楽のある風景』に収録されている方)の8分10秒からラストまでの約6分半をBGMに、新居に向かう車窓から外を覗き見れば、きっと最高にお話としてハマるに違いない。

 残念なことに、そんな下心は見事に潰えて、道中はただひたすら荷物の多さに対するダルさが渦巻いていた。ダレる自分のケツを叩くべく、ダークソウル3のサウンドトラックから奴隷騎士ゲール戦の曲を引っ張り出す始末だった。*2

 

 転がり込み方も、地元の発ち方も、色々と格好がつかなかった。きっと、新しい街での生活も、格好のつかない、ままならないものになるだろう。現に、今は枕を調達できていないので、適当に毛布を丸めてその代わりとしている。格好がついていない。でも、たぶん、それでいいのだと思う。思えば自分の人生に格好のついていた瞬間というものは一秒たりともなかった。自分の身の丈にあった程よいダサさを愛でてやりたい。

 

 今日は新しい街でアイスコーヒーを飲んだ。髪を切った。

 ツーブロックはいつもより大きく剃り込まれていた。これからしばらくは、同じお店でアイスコーヒーを飲むだろう。冬になったらホットコーヒーを飲むだろう。毎度毎度違うサイズの剃り込みを入れることだろう。たぶん、それでいいのだと思う。

 

 

*1:浪人時代地元のカラオケに昼間からこもってはボイスチェンジャー機能を使ってPerfumeの『マカロニ』を歌いあった男。「どっちか片方だったら絶対俺らヤりまくってたよな笑」というおよそ人の交わしうる中で最も美しいコミュニケーションを培ってきた

*2:余談だが、私は「この人死ぬな」「この人ともう二度と会うことないな」と思った帰りには必ずharuka nakamura PIANO ENSEMBLEの『音楽のある風景』に収録されている『光』の8分10秒からラストまでの約6分半を繰り返し聴くことにしている